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2017年06月28日
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KY

2007年05月17日

99%完成してたエントリが「予測できないエラーでなんとか」とか言われて全部消えた。わたしの1時間返して・・・保存は大事だよ。さあ、わたしも1から出直します。

タイトルは加藤幸宏のイニシャルじゃありません。今回は「空気読め」な話。ガバナンス系の教授のブログを読んでて考えたことをちょこっと。

内くん草野くん、復帰おめでとう。そこは迷いなく思ってます、念の為。

こういう大きいニュースがあると、アンテナには「わたし空気読めって感じ?」とか「空気読めてないのは承知で」とかいうエントリがちらほら上がる。KYなんて略語が出来るほどに、みんな空気読んで生きてる。

その空気ってなんなんだろ。結論から言えば「その場を支配したがっている人(たち)の隠された意図」の場合が多い。その「人」がこの世界では社長だと言われてるんでしょうね(実際のとこはさておき)。
で、空気が読めている状態だったら誰もが笑顔でいられんのか。答えは、否。誰かの願いが叶うころ、あの子は泣いているよ?
「支配したがってる人」が大笑いしててその周りの人は愛想笑いしてて。笑顔の裏で誰かが泣いてるのを、見て見ぬふりすんのか本当に知らないまんまなのかどっちかってのがその空気ってやつなのか。ああもう気持ち悪い。

あえて空気を破るのも大事なことなのかなあ。だからあかにしくんのやったことは割と悪いことじゃあないのかもしれないなんて今更思ったり。でも破るためには自分の立ち位置が保障されてないと怖すぎるよね。あかにしくんの場合、立ち位置=才能、なのかはわかんないけど。だってわたし「ファン」だし。欲目が多すぎる。

閑話休題。破ろうとする人はいい。泣いてる人もまだいい。一番「ないわー」なのは、自分が支配されていることにも気付かず大衆思想に流されてる人。「わたしの意見はこう!」って思い込んでて、実は支配されてるだけだってことに気付きもしないなんてひどい。って、わたしは人間に絶望しすぎですか。まあそもそも、どっからが自分の意見なんだって問題もありますが。この辺については前のブログでもちょこっと書いてたな(「まったくひとりですべてを思考した事柄なんて、ひとつとして存在しないだろうに」とか)。

みんなの願いは同時に叶わない。だけど、その願いって本当に自分で願っているもの?そこから疑ってかなきゃいけないんじゃないのかなあ。脳内統制はそんなとこまで及んでんだぜ、ああ怖い怖い!


って、なんの話だっけぇ?
違うんだよ最初は「内くんと草野くんに幸宏くんと幸太朗さんの位置を取られたのかなあとか思ったけど実際はそんなんじゃないって分かってるしもう割り切ってるし、むしろジュニアと研究生のどっちがアウェーなのかわかんなくなるような舞台に立たされる子たちの方が可哀相かなあなんて嫌らしい考えとかしてたんだぜ!」てことを書こうと思ってただけだったんだよ。どうせ舞台だってコンサートだって文句は言ってんだろうし(幸宏くんが出る場所の話ね)、どっちかっつったらコンサートのが見たい気がするから、その可能性が広がったんだしまだよかったとか思っていんじゃね?とか。どこに幸宏くんが出たいのかっていう主体性の問題はあるにしても。そりゃ本人が出たい場所に出てほしいですよ。まあどこに居たって幸宏くんは最上級に格好いいけどね!・・・こんなとこで毒を隠すような真似してすみません。

って、結局KY=かとうゆきひろなんじゃねえかっつーオチ?
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